労務問題

Q長澤運輸東京高裁事件

A

事件の概要 本件は,一般貨物自動車運送事業等を営む控訴人(一審被告)長澤運輸(株)(以下,「Y社」)を定年により退職した後に,Y社との間で期間の定めのある労働契約を締結して就労している被控訴人(一審原告)A1~A3の3名(以下,「X1~X3」。合わせて以下,「Xら」)が,Y社と期間の定めのない労働契約を締結している従業員(無期契約労働者)との間に不合理な労働条件の相違が存在すると主張して,

①主位的に,当該不合理な労働条件の定めは労契法20条により無効であり,Xらには無期契約労働者に関する就業規則等の規定が適用されることになるとして,当該就業規則等の規定が適用される労働契約上の地位にあることの確認を求めるとともに,その労働契約に基づき,当該就業規則等の規定により支給されるべき賃金と実際に支給された賃金との差額およびこれに対する遅延損害金の支払いを求め,

②予備的には,民法709条に基づき上記差額に相当する額および遅延損害金を請求した事案である。

Y社における無期契約労働者であるバラセメントタンク車等の乗務員の労働条件のうち,賃金は

①基準内賃金(基本給〔在籍給+年齢給〕,職務給,精勤手当,役付手当,住宅手当,無事故手当,能率給)と②基準外賃金(家族手当,超勤手当,その他の手当,通勤手当)であった。

これに対し,有期契約労働者であるXらの賃金は,基本賃金,歩合給(7~12%),無事故手当,調整給(老齢厚生年金の報酬比例部分が支給されない期間について月2万円),通勤手当,時間外手当とされ,無期契約労働者に支給される職務給,役付手当,精勤手当,住宅手当,家族手当はなく,賞与・退職金は支給しないとされ,定年前に比べると20~24%程度切り下げとなった。

(2) 一審判断のポイント 一審判決は,有期契約労働者の職務内容ならびに当該職務の内容および配置の変更の範囲が無期契約労働者と同一であるにもかかわらず,「労働者にとって重要な労働条件である賃金の額について,有期契約労働者と無期契約労働者との間に相違を設けることは,その相違の程度にかかわらず,これを正当と解すべき特段の事情がない限り,不合理であるとの評価を免れないものであるというべきである」とし,本件においては,有期契約労働者であるXらと,無期契約労働者である正社員との間に,「職務の内容,当該職務の内容及び配置の変更の範囲に全く違いがないにもかかわらず,賃金の額に関する労働条件に相違を設けることを正当と解すべき特段の事情は認められない」と判断した。そして,正社員就業規則の規定が原則として全従業員に適用される旨の定めに従い,Xらの「労働条件のうち無効である賃金の定めに関する部分については,これに対応する正社員就業規則その他の規定が適用されることになるものと解するのが相当である」として,Xらの請求を認容した。
(3) 二審判断のポイント 本判決は,まず,XらとY社との間の有期労働契約は,期間の定めのある労働契約であるところ,その内容である賃金の定めは正社員の労働契約の内容である賃金の定めと相違しているから,「本件の有期労働契約には,労働契約法20条の規定が適用される」とする。
そして,本件において,「有期契約労働者である嘱託社員と無期契約労働者である正社員の間には,賃金の定めについて,その地位の区別に基づく定型的な労働条件の相違があり,これによりXらの賃金が定年時のものより減額されている」が,これは,「Y社が,高年齢者雇用安定法が定める選択肢の1つとして,Xらと有期労働契約を締結した」ので,「賃金節約や雇用調整を弾力的に図る目的もあるものと認められ」,本件における同条件の相違は,「期間の定めの有無に関連して生じたものであ」り,労契法20条が適用されるとした。
そのうえで,判旨3の判断枠組みに沿って,嘱託社員であるXらと正社員との間には,①業務の内容および当該業務に伴う責任の程度,②職務の内容および配置の変更の範囲に差異はないとしたうえで,③その他の事情について検討を加えている。すなわち,高年法に基づく高年齢者雇用確保措置の選択肢のひとつとして,「継続雇用たる有期労働契約は,社会一般に広く行われて」おり,「定年後継続雇用者の賃金を定年時より引き下げることそれ自体が不合理であるということはできない」し,Y社の属する業種(運輸業)または同規模の企業を含めて,定年の前後で①職務内容,②当該職務の内容および配置の変更の範囲が変わらないままで,「相当程度賃金を引き下げることは,広く行われている」こと,またY社は再雇用者の賃金について,定年前の79パーセント程度になるように設計しているが,Y社と労働組合との間で定年後再雇用者の賃金水準等の労働条件について一定程度の協議が行われ、Y社が一定の労働条件の改善を実施していることなどをあげて,「定年前と同一の職務に従事させながら,賃金額を20ないし24パーセント程度切り下げたことが社会的に相当性を欠くとはいえ」ないとして,「労働契約法又は公序(民法90条)に反し違法であるとは認められない」とした。
(4) 本判決の意義と関連判例 本件は,労契法20条に関する裁判例が注目されるなかで,高年法に基づく定年後の継続雇用措置として有期労働契約で再雇用された労働者について,無期契約労働者と有期契約労働者との処遇の相違が労契法20条の不合理な労働条件に当たるか否かが争点となった事案の控訴審判決であるが,一審がXらの請求を認容したのに対し,二審では一審被告Y社の控訴を認容し,Xらの請求を退けている。
まず,一審も二審も,定年後再雇用者の有期契約労働者の処遇について,労契法20条の適用があるとし,Xらと無期契約労働者との間の賃金の差異は,期間の定めの有無に関連して生じたものであると認定している点は共通である。
一審では,パートタイム労働法9条を示して,有期契約労働者の職務内容ならびに当該職務の内容および配置の変更の範囲が無期契約労働者と同一である場合,労働者にとって重要な労働条件である賃金の額について,有期契約労働者と無期契約労働者との間に相違を設けることは,その相違の程度にかかわらず,これを正当と解すべき特段の事情がない限り,不合理であるとの評価を免れないとし,定年後再雇用者を定年前とまったく同じ業務に従事させつつ,その賃金水準を新規採用の正社員よりも低く設定することにより,定年後再雇用制度を賃金コスト圧縮の手段として用いることまでもが正当であると解することはできないものといわざるを得ないとした。
これに対し本判決は,XらとY社との間の有期労働契約は,高年法により義務付けられている高年齢者雇用確保措置の選択肢のひとつとして締結された労働契約であり,継続雇用たる有期労働契約は社会一般で広く行われており,企業においては定年到達者の雇用を義務付けられることによる賃金コストの無制限な増大を回避して,定年到達者の雇用のみならず,若年層を含めた労働者全体の安定的雇用を実現する必要があること,一定の要件を満たせば在職老齢年金制度や,高年齢雇用継続給付といった賃金の減額を緩和する制度があること,継続雇用制度がそれまでの雇用関係を消滅させて,退職金を支給したうえで新規の雇用契約を締結するものであることを考慮すると,定年後の継続雇用者の賃金を定年前より引き下げることそれ自体が不合理であるということはできないとした。また,その減額および減額の幅についても,独立行政法人労働政策研究・研修機構の調査結果,統計資料等から,2割程度の減額について,不合理とはいえないとした。
さらに,合意に至らなかったものの,Xらが所属する労働組合との間で,嘱託社員の処遇について一定の協議を行い,正社員の能率給に対応するものとして歩合給を設けて支給割合を高めたこと,無事故手当を増額したこと,老齢厚生年金が支給されない期間について調整給を支払うことなど,一定の労働条件の改善を実施したことを二審では考慮している。
労契法20条が争点となった近時の裁判例としては,ハマキョウレックス(差戻審)事件(大阪高判平28.7.26労判1143号5頁)があり,有期契約労働者である時給制の配車ドライバーと,無期契約労働者である月給制の正社員との間の労働条件の相違について,有期契約労働者に対し正社員に支給していた各種手当の不支給が労契法20条の「不合理と認められるもの」に当たるかが争われた。一審では通勤手当のみ請求が認容されたが,二審では,個々の労働条件すなわち各手当の目的,性格に照らして不合理性について検討を行い,一審が認容した通勤手当に加えて,無事故手当,作業手当,給食手当を支給しなかったことが不法行為に当たると判断している。他方,住宅手当,皆勤手当,家族手当,一時金,定期昇給,退職金については,二審においても,請求が棄却されている。労契法改正後に処遇格差が争点となった事案としてはL社事件(東京地判平28.8.25労判本号25頁)があるが,60歳未満の専任社員と,再雇用者である専任嘱託契約社員(原告は別会社退職後の雇用)と賃金の差額の請求が棄却されている。
なお,高年法に基づく定年後の継続雇用措置の対象者である再雇用者の処遇については,トヨタ自動車ほか事件(名古屋高判平28.9.28労判掲載予定)が,再雇用者に提示したパートタイマーとしての業務内容が,それまでの職種に属するものとはまったく異なった単純業務(清掃業務)であって,社会通念に照らし労働者にとって到底受け入れがたいものであり,実質的に継続雇用の機会を与えたとは認められないとしている

東京地裁判決も、東京高裁判決と同様、定年後再雇用の場合に、賃金を切り下げること自体を不合理とはいっていない。均衡待遇に関する丸子警報機事件判決も、特段の根拠はないものの、数割の差別は是認していたのであるから、ある程度の減額はやむを得ない面があろう。
しかし、東京地裁判決は、同じ職務内容かつ職務内容及び配置の変更の範囲も同一の場合に2割強の減額が合理的というためには、特段の事情が必要であるとした。たしかに、安倍政権が進める同一労働同一賃金の理念からいえば、同じ業務をやって給与だけ2割だけ減らされるというのは納得のいかないという心情も理解でないではない。そのような趣旨に照らすと、特段の事情を求める東京地裁判決はよりリベラルなものといえよう。
他方、東京高裁判決は、JILPTの調査結果から、3割くらいの減額は社会的に許容されているとして、長澤運輸では2割強にとどまっているから合理性があるとしたものである。
ただ、実際の減額は超勤手当も考慮しての賃金差額(原告3名の平均)は、定年前1年間の年収が527万円だったものが、定年後再雇用1年間の年収が374万円と29%の減収となっている。高裁が2割強と認定したが、これは超勤手当をのぞいた月額給与の差額と思われる。
しかし、JILPTの調査結果が実態だとしても、労働契約法20条の施行前の実態を基準にすることは、有期雇用の労働条件を改善しようという労契法改正の趣旨に反する可能性があるということは留意しなければならないということは念頭においておく必要があろう。
 また、東京地裁も東京高裁も、個々の労働条件ごとに合理性を判断していないことが両判決ともオール・オアナッシング、「白か黒か」の硬直的な結論につながったように思う。労働契約の個別性や労働力としての評価が大きく異なる高齢者については、このような硬直的な判断自体、センシティブさに欠けるものと云わざるを得ず、労働契約法の労働契約の個別性に反するものと解される。

貨物自動車のトン数や種類ごとに支給される職務給を、同じ仕事(同じ貨物自動車の運転・荷下ろし)をしているのに、有期社員に支給しないことが果たして合理的であろうか。この職務給が、貨物自動車に乗務する運転士の労働負荷に対応して支払われる労務対価であれば、同じ仕事に従事する有期社員に一切支給しないことは不合理であろう。

賞与についても、正社員に支給される5ヶ月分賞与が給料の後払い的な性格が強いものであれば、正社員と全く同一水準であるかどうかはともかく、一切支給しないということが果たして合理的なのか否かを検討すべきではないだろうか。

 長澤運輸事件は最高裁に上告された。大阪高裁のハマキョウレックス事件判決(定年後再雇用ではない有期社員の運転士と正社員運転士との労働条件の相違が問題となった事件)も、最高裁に係属している。

 

第3 当裁判所の判断
1 当裁判所は,被控訴人らの控訴人に対する各主位的請求及び各予備的請求はいずれも理由がないものと判断する。その理由は,下記のとおりである(当審における当事者の各補充主張に対する判断を含む。)。
2 争点1(労働契約法20条違反の有無)について
(1) 本件の有期労働契約は,期間の定めのある労働契約であるところ,その内容である賃金の定め(前提事実(3)ウ(エ)の定めをいう。以下同じ。)は,正社員(控訴人との間で期間の定めのない労働契約を締結している撒車等の乗務員)の労働契約の内容である賃金の定め(前提事実(2)アからシまでの定めをいう。以下同じ。)と相違しているから(以下,この相違を「本件相違」という。),本件の有期労働契約には,労働契約法20条の規定が適用されることになる。
(2)ア この点,控訴人は,本件の有期労働契約の内容である労働条件は,定年退職後の労働契約として新たに設定したものであり,定年後再雇用であることを理由に正社員との間で労働条件の相違を設けているのであって,期間の定めがあることを理由として労働条件の相違を設けているわけではないから,本件の有期労働契約に労働契約法20条の規定は適用されない旨主張する。
イ しかしながら,労働契約法20条は,有期契約労働者と無期契約労働者の間の労働条件の相違が不合理なものであることを禁止する趣旨の規定であると解されるところ,同条の「期間の定めがあることにより」という文言は,有期契約労働者の労働条件が無期契約労働者の労働条件と相違するというだけで,当然に同条の規定が適用されることにはならず,当該有期契約労働者と無期契約労働者の間の労働条件の相違が,期間の定めの有無に関連して生じたものであることを要するという趣旨であると解するのが相当であるが,他方において,このことを超えて,同条の適用範囲について,使用者が専ら期間の定めの有無を理由として労働条件の相違を設けた場合に限定して解すべき根拠は乏しい。
現実に,我が国における有期労働契約は,雇用者側からは,賃金節約や労働力の需要変動等に基づく雇用調整を弾力的に行うこと等を目的として締結されることが多く,被用者側からは,勤務時間,勤務地ないし責任の度合い等について自己の家庭状況等に合った働き方ができるという観点や,知識経験等特別の資質等を生かすという観点から選択されることがあるものである(〈証拠略〉)。そして,雇用者が,賃金節約や雇用調整の弾力性を図るために締結した有期労働契約について,事案の内容次第で労働契約法20条が適用されることは論をまたないところである。
しかるところ,本件において,有期契約労働者である嘱託社員の労働条件は,再雇用者採用条件によるものとして運用されており,無期契約労働者である正社員の労働条件に関しては,正社員就業規則及び賃金規定が一律に適用されているのであって,有期契約労働者である嘱託社員と無期契約労働者である正社員の間には,賃金の定めについて,その地位の区別に基づく定型的な労働条件の相違があり,これにより被控訴人らの賃金が定年時のものより減額されていることからは,控訴人が,高年齢者雇用安定法が定める選択肢の1つとして,被控訴人らと有期労働契約を締結したのは,賃金節約や雇用調整を弾力的に図る目的もあるものと認められる(〈証拠略〉)。よって,当該労働条件の相違(本件相違)が期間の定めの有無に関連して生じたものであることは明らかというべきである。
ウ したがって,この点に関する控訴人の主張を採用することはできない。
(3) そこで,本件相違が不合理と認められるものであるか否かを次に検討する。
ア 労働契約法20条は,有期契約労働者と無期契約労働者の間の労働条件の相違が不合理と認められるか否かの考慮要素として,①職務の内容,②当該職務の内容及び配置の変更の範囲のほか,③その他の事情を掲げており,その他の事情として考慮すべきことについて,上記①及び②を例示するほかに特段の制限を設けていないから,労働条件の相違が不合理であるか否かについては,上記①及び②に関連する諸事情を幅広く総合的に考慮して判断すべきものと解される。
イ 本件において,嘱託社員である被控訴人らと正社員の間には,業務の内容及び当該業務に伴う責任の程度に差異がなく(前提事実(5)オ),控訴人が業務の都合により勤務場所や業務の内容を変更することがある点でも両者の間に差異はないから(同(5)エ),有期契約労働者である被控訴人らの職務の内容(上記①)並びに当該職務の内容及び配置の変更の範囲(上記②)は,無期契約労働者である正社員とおおむね同じであると認められる。また,被控訴人らの職務内容に照らし,定年の前後においてその職務遂行能力について有意の差が直ちに生じているとは考えにくく,実際にもそのような差が生じていることや,雇用期間中にそのような有意の差が生じると推測すべき事情を認めるに足りる証拠もないから,職務の内容(上記①)に準ずるような事情の相違もない。
ウ そこで,前記③のその他の事情について検討する。
(ア) 本件の有期労働契約は,控訴人が高年齢者雇用安定法により義務付けられている高年齢者雇用確保措置の選択肢の1つとして,控訴人を定年により退職した被控訴人らと控訴人の間で締結された労働契約である。
高年齢者雇用安定法は,高年齢者雇用確保措置として,定年後の継続雇用制度の導入のほかに,定年の年齢の引上げと定年の定めの廃止を定めているが,実際に企業で採用されているのは継続雇用制度の導入が最も多いと認められる(〈証拠略〉)。すなわち,控訴人が定年退職者に対する雇用確保措置として選択した継続雇用たる有期労働契約は,社会一般で広く行われているものである。
(イ) 従業員が定年退職後も引き続いて雇用されるに当たり,その賃金が引き下げられるのが通例であることは,公知の事実であるといって差し支えない(〈証拠略〉)。そして,このことについては,我が国において,安定的雇用及び年功的処遇を維持しつつ賃金コストを一定限度に抑制するために不可欠の制度として,期間の定めのない労働契約及び定年制が広く採用されてきた一方で,平均寿命の延伸,年金制度改革等に伴って定年到達者の雇用確保の必要性が高まったことを背景に,高年齢者雇用安定法が改正され,同法所定の定年の下限である60歳を超えた高年齢者の雇用確保措置が,ごく一部の例外を除き,全事業者に対し段階的に義務付けられてきたこと,他方,企業においては,定年到達者の雇用を義務付けられることによる賃金コストの無制限な増大を回避して,定年到達者の雇用のみならず,若年層を含めた労働者全体の安定的雇用を実現する必要があること,定年になった者に対しては,一定の要件を満たせば在職老齢年金制度(〈証拠略〉)や,60歳以降に賃金が一定割合以上低下した場合にその減額の程度を緩和する制度(高年齢雇用継続給付)があること,さらに,定年後の継続雇用制度は,法的には,それまでの雇用関係を消滅させて,退職金を支給した上で,新規の雇用契約を締結するものであることを考慮すると,定年後継続雇用者の賃金を定年時より引き下げることそれ自体が不合理であるということはできない。
なお,この点について,社会の実相として,60歳の定年後に継続雇用の措置が採られることが多く,その際60歳までの処遇と比べて低い処遇になることが一般化していることについては,様々な事情を考慮すれば,一般的には合理的なものと考えられるとの見解が公的に示されているところである(〈証拠略〉)。
(ウ) 次に,控訴人が属する運輸業を含めて,定年後の継続雇用制度の導入の状況についてみると,独立行政法人労働政策研究・研修機構の平成26年5月付けの「高年齢社員や有期契約社員の法改正後の活用状況に関する調査」結果(乙33,34)によれば,企業全体の傾向として,継続雇用制度を採用する会社が多く,その多数が,定年前後で継続雇用者の業務内容並びに勤務の日数及び時間を変更せず,継続雇用者に定年前と同じ業務に従事させながら,定年前に比べて賃金を引き下げていることが認められる。
被控訴人の属する業種(運輸業)又は規模の企業についてみても,定年到達後の継続雇用者の仕事内容,所属部署並びに勤務の日数及び時間については「定年到達時と同じ仕事内容」とするものが87.5パーセントであり(運輸業の平均),「定年到達時点と同じ部署及び勤務場所」とするものが90パーセント超(従業員数が50人~100人未満の企業の平均)であり,「フルタイム(日数も時間も定年前から変わらない)」とするものが84.6パーセントである(運輸業の平均)。他方,年間給与に関しては,定年到達時の水準(手当や賞与等を含む。)を100とした場合の継続雇用者の水準(該当者の平均)についての回答結果は,平均値が68.3,中央値が70.0(なお,従業員数が50人から100人未満の企業の平均値は,70.4である。)であって,大幅に引き下げられていることが認められる。
したがって,控訴人が属する業種又は規模の企業を含めて,定年の前後で職務の内容(上記①)並びに当該職務の内容及び配置の変更の範囲(上記②)が変わらないまま相当程度賃金を引き下げることは,広く行われているところであると認められる。
(エ) 控訴人において,被控訴人ら有期労働契約(ママ)者と無期契約労働者の間で労働条件に差(本件相違)があることが,不合理と認められるものであるか否かを検討する。
控訴人における正社員の賃金体系は,基本給に年功的要素が取り入れられているものの,そのほかの賃金項目については,基本給の違いが金額に反映されることとなる超勤手当を別にすれば,勤続年数や年齢による違いがなく,基本給が最も低くなる在籍1年目で20歳以下の従業員(在籍給8万9100円,年齢給ゼロ円)と,基本給が最も高くなる在籍41年目以上で50歳以上の従業員(在籍給12万1100円,年齢給6000円)の間の賃金水準の相違は,月例賃金が3万8000円,賞与(基本給の5か月分)が19万円(3万8000円×5か月)であり,年間64万6000円程度である。
他方,本件請求に係る期間について,被控訴人らが正社員であったとした場合に支給されるべき賃金と被控訴人らに実際に支給された賃金の差額は,原判決別紙2から4まで(請求債権目録)〈略-編注〉に記載のとおりであり,被控訴人らに対する賃金の引下げ幅は,超勤手当を考慮しなくとも,年間64万6000円を大幅に上回るものである。
しかし,控訴人は,被控訴人らを含めた定年後再雇用者の賃金について,定年前の79パーセント程度になるように設計しており,現実に,定年1年前の年収と比較すると,被控訴人A1について約24パーセントの減,被控訴人A2について約22パーセントの減,被控訴人A3について約20パーセントの減となっており(なお,本件の当事者ではないが,Bについて23ないし24パーセントの減,Dについて15ないし16パーセントの減である。),控訴人の想定と大差なく,かつ,前記のとおり控訴人の属する規模の企業の平均の減額率をかなり下回っている(〈証拠略〉,原審被(ママ)控訴人代表者本人)。このことと,控訴人は,本業である運輸業については,収支が大幅な赤字となっていると推認できること(〈証拠略〉)を併せ考慮すると,年収ベースで2割前後賃金が減額になっていることが直ちに不合理であるとは認められない。
(オ) 被控訴人らは,個々の労働条件,具体的には賃金構成の各項目について,その相違が不合理であるか否かが判断されるべきものであると主張する。
しかし,前記のとおり,もともと定年後の継続雇用制度における有期労働契約では,職務内容等が同一で,その変更の範囲が同一であっても,定年前に比較して一定程度賃金額が減額されることは一般的であり,そのことは社会的にも容認されていると考えられること,控訴人が,①無期契約労働者の能率給に対応するものとして有期契約労働者には歩合給を設け,その支給割合を能率給より高くしていること,②無事故手当を無期契約労働者より増額して支払ったことがあること,③老齢厚生年金の報酬比例部分が支給されない期間について調整給を支払ったことがあるなど,正社員との賃金の差額を縮める努力をしたことに照らせば,個別の諸手当の支給の趣旨を考慮しても,なお不支給や支給額が低いことが不合理であるとは認められない。
(カ) 正社員の場合には,勤続するにつれて基本給が増額され,3年以上勤務すれば退職金が支給されるのに対し,嘱託社員の場合には,勤続しても基本賃金その他の賃金の額に変動はなく,退職金が支給されることもないとしても,被控訴人らが一旦退職して退職金を受給していること,その年齢等を考慮すると,本件の有期契約労働者が長期にわたり勤務を続けることは予定されていないことを考慮すると,不合理性を基礎付けるものとはいえない。
(キ) なお,前記のとおり,控訴人は,定年退職者を再雇用して正社員と同じ業務に従事させる方が,新規に正社員を雇用するよりも賃金コストを抑えることができるという意図を有していたと認められる。しかし,前記のとおり,定年退職者の雇用確保措置として,継続雇用制度の導入を選択することは高年齢者雇用安定法が認めるところであり,その場合に職務内容やその変更の範囲等が同一であるとしても,賃金が下がることは,広く行われていることであり,社会的にも容認されていると考えられるから,前記の控訴人の意図は,労働契約法20条にいう不合理性を当然に基礎付けるものではない。そして,平均して2割強という賃金の減額率が,不合理といえないことも前記のとおりである。
(ク) 控訴人は,前記前提事実のとおり,平成24年3月以降,定年後再雇用者の労働条件について本件組合との間で団体交渉を実施しており,その過程で,定年後再雇用者の基本賃金の2万円の増額(前提事実(4)エ(ウ)),無事故手当と基本賃金の改定(同(4)オ(ウ)),老齢厚生年金の報酬比例部分の未支給期間について調整給の支給(同(4)カ(イ)),同調整給の増額(同(4)カ(エ))等の労働条件の改善を実施してきたことが認められる。これらの労働条件の改善は,いずれも,控訴人と本件組合が合意したものではなく,控訴人が団体交渉において本件組合の主張や意見を聞いた後に独自に決定して本件組合に通知したものであり,また,控訴人は,本件組合が,定年後再雇用者の賃金水準について実質的な交渉を行うために,現状と異なる賃金引下げ率による試算や経営資料の提示等を繰り返し求めてきたのに対し,その要求に一切応じていない(同(4)エ(イ),(エ))という事情はあるものの,控訴人と本件組合の間で,定年後再雇用者の賃金水準等の労働条件に関する一定程度の協議が行われ,控訴人が本件組合の主張や意見を聞いて一定の労働条件の改善を実施したものとして,考慮すべき事情である。
(ケ) なお,控訴人は,控訴人の支給する賃金が同規模の同業他社と比較して高額であると主張する。しかし,控訴人が提出する証拠(〈証拠略〉)によっても,業種による違いや勤務態様(労働時間等)の差が不明であり,上記主張を直ちに採用することはできない。
(4) 以上によれば,本件相違は,労働者の職務の内容,当該職務の内容及び配置の変更の範囲その他の事情に照らして不合理なものであるということはできず,労働契約法20条に違反するとは認められない。
よって,その余の点について判断するまでもなく,被控訴人らの各主位的請求はいずれも理由がない。
3 争点3(不法行為の成否等)について
前記のとおり,控訴人が,被控訴人らと有期労働契約を締結し,定年前と同一の職務に従事させながら,賃金額を20ないし24パーセント程度切り下げたことが社会的に相当性を欠くとはいえず,労働契約法又は公序(民法90条)に反し違法であるとは認められない。
したがって,その余の点について判断するまでもなく,被控訴人らの各予備的請求はいずれも理由がない。
第4 結論
よって,控訴人の本件控訴に基づき,原判決を取り消して被控訴人らの控訴人に対する各主位的請求及び各予備的請求をいずれも棄却することとして,主文のとおり判決する。
東京高等裁判所第12民事部
裁判長裁判官 杉原 則彦
裁判官 山口  均
裁判官 高瀬 順久