労務問題

Qトヨタ自動車事件

A

事案の概要 所論は要するに、本件は,控訴人(一審甲事件原告兼乙事件原告)甲野太郎(以下,「X」)による被控訴人(一審甲事件被告)トヨタ自動車(株)(以下,「Y1社」)に対する請求にかかる甲事件と,被控訴人(一審乙事件被告)乙山次郎(以下,「Y2」)に対する請求にかかる乙事件からなる事案である。甲事件では,Y1社に雇用されていたXが,Y1社に対し,①「スキルドパートナー」としての再雇用契約に基づいてXが雇用契約上の権利を有する地位にあることの確認を求めるとともに,②賃金および一時金ならびにこれらに対する遅延損害金の支払いを求め,さらに,③Y1社の使用者としての安全配慮義務等の違反を理由として,債務不履行または不法行為に基づく損害賠償として慰謝料およびこれに対する遅延損害金の支払いを求めた。

 

乙事件では,Xは,Y1社に組織的ないじめを受けたと主張し,代表取締役であるY2に対し,会社法429条1項または債務不履行に基づく損害賠償として,慰謝料およびそれに対する遅延損害金の支払いを求めた。
X(昭和28年○月○日生まれ)は,大学卒業後,Y1社において一般に事務職といわれる業務に従事してきた者であり,定年前はG部に所属し,主任の資格を有していた。Y1社は,自動車,産業車両,船舶,航空機,その他の輸送用機器および宇宙機器ならびにその部分品の製造・販売・修理等を目的とする株式会社であり,Y2は,その代表取締役の地位にある者である。
Y1社においては,平成24年法律第78号による改正後の高年齢者等の雇用の安定等に関する法律(以下,「高年法」。また改正後の改正附則を含む高年法を以下,「改正高年法」)の定める継続雇用制度につき,社員就業規則上の規定を受けて,25年3月31日付で労使協定が締結されていた。これによれば,24年10月2日から25年10月1日の間に60歳に達して定年退職を迎える従業員について,選定基準(健康基準,職務遂行能力基準,勤務態度基準からなる。以下,「本件選定基準」)を満たした者には定年後再雇用者就業規則に定める職務を提示し(雇用期間最長5年間。Xと同等の在籍資格を有する者がこの職務に就く場合「スキルドパートナー」と呼ばれる),当該基準を満たさない者にはパートタイマー就業規則に定める職務(雇用期間は1年間で契約更新はない)を提示することとされていた。

Xは,平成25年2月25日(Xはこの時点では59歳),スキルドパートナーとしての再雇用の基準に達していないことを前提として,定年後再雇用になる場合の労働条件について,雇用期間は1年間(更新はなし),所属は定年前と同一のG部,主な業務内容はシュレッダー機ごみ袋交換および清掃(シュレッダー作業は除く),再生紙管理,業務用車掃除,清掃(フロアー内窓際棚,ロッカー等),そのほかY1社や上司の指示する業務,勤務時間は午前8時から正午までの1日当たり4時間,時給1000円(昇給なし),賞与は支給することがある,といった内容の説明を受けた。

Xは,Y1社に対し,Y1社が提示したパートタイマーとしての再雇用も定年退職も受け入れず,あくまでもスキルドパートナーとしての再雇用を求める旨の書面を提出したが,再雇用されることなく,平成25年○月○日付で,60歳に達したことにより,Y1社を定年退職した。

本件の争点は,(1)本件選定基準の不相当,(2)再雇用選定手続違反,(3)本件選定基準の充足,(4)仮にXがY1社に再雇用されたというべきである場合の賃金額,(5)Y1社の安全配慮義務違反,(6)甲事件における損害額,(7)Y2の任務懈怠等,(8)乙事件における損害額である。
(2) 一審判決のポイント 一審判決は,概要次のように述べて,Xの請求をいずれも棄却した。
ア 争点(1)については,本件選定基準のうち健康基準も職務遂行能力基準も基準として相当であり,本件選定基準のうち勤務態度基準は上記2つの基準と比較して具体性や客観性に劣る感は否めないが,全体的な構成も含めて考えれば,本件選定基準が「恣意的に継続雇用を排除しようとするものであって,不相当であるとまでいうことはできない」とした。
イ 争点(2)については,手続違背によりY1社の再雇用拒否が無効であるというXの主張は採用できず,また,争点(3)については,「Xが職務遂行能力基準を満たしていたという事実を認めることはできず,かえって,……職務遂行能力基準に適合していなかったという事実が認められる」とした。
ウ 争点(5)について,Xは,Y1社がXの心身の状況に鑑みて安全な職場を提供すべきであったのに,突如として現業業務を提示したと主張するが,Xの「主張は,要するに,従前と同じようにいわゆるホワイトカラーとしてY1社で勤務したいということであると思われ,大学卒業事務職であったXには上記の業務を遂行する能力はないと繰り返し主張するが,何故大学卒業の事技系の従業員であると上記の業務を遂行する能力がないといえるのか不明であって」,Xの主張は採用できないとした。
エ 争点(7)については,Xの主張する組織的ないじめを認めることはできず,「その余の点を判断するまでもなく,Y2に任務懈怠等があったということはできない」とした。
以上により一審判決はXの請求を棄却し,それに対しXが控訴した。
(3) 二審(本)判決のポイント 本判決は,争点(1)~(3)および(7)については若干の付加や訂正を除き一審の判断を引用したが,争点(5)を「安全配慮義務違反」ではなく「雇用契約上の債務不履行又は不法行為責任」という表現に改めたうえで,次のように判示し,Xの請求を一部認容した(判旨1)。
ア まず改正高年法の趣旨につき,「老齢厚生年金の報酬比例部分の支給開始年齢が引き上げられることにより……,60歳の定年後,再雇用されない男性の一部に無年金・無収入の期間が生じるおそれがあることから,この空白期間を埋めて無年金・無収入の期間の発生を防ぐために,老齢厚生年金の報酬比例部分の受給開始年齢に到達した以降の者に限定して,労使協定で定める基準を用いることができるとしたものと考えられる」と判示した。
そのうえで,Xのように労使協定で定めた基準を満たさないため61歳以降の継続雇用が認められない従業員の60歳から61歳までの1年間につき,判旨2のように述べたうえで,判旨3のように判示した。
イ そして本件における具体的な判断として,まず給与水準について判旨4のように判示し,続けて,Y1社の提示した業務内容に関し「事務職としての業務内容ではなく,単純労務職(地方公務員法57条参照)としての業務内容であることが明らかである」ことを指摘したうえで,判旨5の判断基準のもと,以下のように述べた。
すなわち,「Y1社がXに提示した業務内容は,……Xのそれまでの職種に属するものとは全く異なった単純労務職としてのものであり,地方公務員法がそれに従事した者の労働者関係につき一般行政職に従事する者とは全く異なった取扱いをしていることからも明らかなように,全く別個の職種に属する性質のものであると認められ」,「Y1社の提示は,Xがいかなる事務職の業務についてもそれに耐えられないなど通常解雇に相当するような事情が認められない限り,改正高年法の趣旨に反する違法なものといわざるを得ない」とした。
また,「Y1社において……Xの問題点が事務職全般についての適格性を欠くほどのものであるとは認識していなかったと考えられ」,しかも「清掃業務等以外に提示できる事務職としての業務があるか否かについて十分な検討を行ったとは認め難い。これらのことからすると,Xに対し清掃業務等の単純労働を提示したことは,あえて屈辱感を覚えるような業務を提示して,Xが定年退職せざるを得ないように仕向けたものとの疑いさえ生ずるところである」とした。
ウ そこで,本判決は判旨6のような結論に至るが,争点(6)については,Xが慰謝料の支払いを求めていることから,Xがパートタイマーとして1年間再雇用されていた場合の賃金等の給付見込額と同額の損害賠償金を慰謝料として認め,結果として,同額およびそれに対する遅延損害金の支払いを求める限りで,請求を認容した。
(4) 本判決の意義と参考判例 本件の事案的特徴としてまず指摘すべきは,改正高年法を前提とすれば,継続雇用対象者を労使協定で限定できる仕組みが廃止されている範囲,本件でいえばXが定年に達した60歳の時点で,Xが再雇用対象となるかどうかは,争いになりえないということである(61歳までは継続雇用しなければならない)。
そしてこのことを前提とすると,本判決が,判旨3のように判示しているのは,契約関係が継続的にはいったん途切れる再雇用型ではなく勤務延長型の制度の採用が必要であり,そのなかで従来の労働条件に変更を加えるとしても,当該労働条件変更が適切に行われているか,という観点からの判断が求められるという趣旨にも捉えることができる。判旨5において,「通常解雇を相当とする事情」を求めているのは,そのような勤務延長型の制度のもとでの労働条件変更の枠内のものと捉えられないような,新たな契約というべき内容については,もはや改正高年法における継続雇用とは理解されない再雇用であるとの評価が根底にあるように思われる。ただ,このように改正高年法上の継続雇用を勤務延長型に限定して理解しているとすると,なぜ判旨2のように「定年後の継続雇用としてどのような労働条件を提示するかについては一定の裁量がある」とか,判旨5のように「定年以前の業務内容と異なった業務内容を示すことが許されることはいうまでもない」という前提が置かれるのか,根拠が不明確な部分もある。この点,本判決の判示内容の趣旨の解明が求められよう。

いずれにせよ,本判決は,改正高年法のもとでの継続雇用制度の運用において,提示労働条件に一定の裁量があるとしても,改正高年法の趣旨からして当該裁量にも限界が存することを明らかにした点に意義がある。
本判決によれば,当該裁量の限界は,「実質的に継続雇用の機会を与えたとは認められない場合」に存在する。そして本判決は,その例を2つ示している。まず,給与水準が「無年金・無収入の期間の発生を防ぐという趣旨に照らして到底容認できないような低額」であってはならない。次に,「社会通念に照らし当該労働者にとって到底受け入れ難いような職務内容」の提示は許されない。1つ目の例示は,本判決で示された改正高年法の趣旨の理解からして当然であろう。他方,2つ目の例示は,本判決が示す改正高年法の趣旨から即座に導き出せるものか,疑問がないわけではない。より丁寧な説明が求められよう。また,判旨4や判旨6のような具体的な判断の適切性も,本判決を評価する際の1つのポイントになろう。
この点,平成10年4月1日施行の改正高年法(60歳を下回る定年制の禁止)のもとでの事案であるが,就業規則上の定年延長について,その合理性判断の枠組み内で,「就業規則に定められた従前の定年から同法に従って延長された定年までの間の賃金等の労働条件が,具体的状況に照らして極めて苛酷なもので,労働者に同法の定める定年まで勤務する意思を削がせ,現実には多数の者が退職する等高年齢者の雇用の確保と促進という同法の目的に反するものであってはならない」とした協和出版販売事件(東京高判平19.10.30労判963号54頁)がある。
ところで本件では,結果として,提示された業務内容が高年法の趣旨に反する違法なものであったと認定したわけであるが,その法律効果として,「雇用契約上の債務不履行」および不法行為の成立余地を認めている。Xの請求との関係で,最終的には不法行為に基づく慰謝料請求を認容しているが,ここでいう「雇用契約上の債務」をどのような趣旨と理解するかも,本判決を理解するうえでのポイントとなろう。
この点,高年法9条1項の私法上の効果については,学説上従来から争いがある。裁判例では,平成24年改正前高年法のもとで,その私法上の効力を否定し,高年法に適合しない制度のもとで雇用が継続されなかったことを理由に債務不履行や不法行為に基づく損害賠償を求めることは認められないとしたNTT西日本(高齢者雇用・第1)事件(大阪高判平21.11.27労判1004号112頁)がある。そのほか,私法上の強行性を否定したものとして,NTT東日本(継続雇用制度)事件(東京高判平22.12.22判時2126号133頁)がある。
最後に,本件では一・二審ともにスキルドパートナーとしての地位確認の請求が退けられているが,もしもXが本件選定基準を充足していた場合にはどのように取り扱われたのか,検討の余地がある。
改正前高年法のもとでの再雇用制度においては,基準を満たしながらも再雇用拒否された労働者について,再雇用契約の成否が問題となってきた。この点,日本ニューホランド(再雇用拒否)事件(札幌高判平22.9.30労判1013号160頁)では,仮に再雇用拒否が無効であるとしても賃金の額が定まっていない再雇用契約の成立は考えられないとした一審の判断が維持されたが,地裁レベルでは,高年法の趣旨や再雇用の条件等を定めた就業規則の制定の経過および運用状況等に鑑みて解雇権濫用法理の類推適用を認めた東京大学出版会事件(東京地判平22.8.26労判1013号15頁),有期雇用の雇止めの場合と利益状況が類似していることや高年法の趣旨目的等に鑑みて同じく解雇権濫用法理の類推適用を認めた(ただし合理性・相当性を認めて結果としては雇用契約成立を否定した)フジタ事件(大阪地判平23.8.12労経速2121号3頁)がある。そして,津田電気計器事件(最一小判平24.11.29労判1064号13頁)において最高裁判決は,雇用継続を期待することの合理的理由があり,雇用終了することをやむを得ないものとみるべき特段の事情のうかがわれないことから,合理性・相当性を否定し,高年法の趣旨に鑑み,再雇用されたのと同様の雇用関係の存続を認めた。その後,日本郵便(定年再雇用)事件(東京高判平27.11.5労経速2266号17頁)では,上記最判を援用して同様の判示を行った一審の判断が維持されている。

 

第3 当裁判所の判断
1 当裁判所の判断は,以下のとおり付加,訂正するほか,原判決「事実及び理由」第3の1ないし5のとおりであるから,これを引用する。
(1) 原判決21頁16行目から17行目の「2.健康」を「1.職務遂行能力」と改める。
(2) 原判決22頁3行目,9行目及び23頁6行目の各「再雇用」の前,12行目の「継続雇用」の前,23頁22行目,24頁5行目,7行目,10行目,17行目,18行目,25行目,25頁7行目,10行目及び26頁25行目の各「再雇用」の前に「スキルドパートナーとしての」を,27頁3行目の「再雇用されない」の前,29頁7行目,15行目及び19行目の各「再雇用」の前に「スキルドパートナーとして」を,29頁21行目の「再雇用」の前に「スキルドパートナーとしての」を,それぞれ付加し,33頁1行目の「再雇用を」を「スキルドパートナーとして再雇用」と改め,33頁2行目及び4行目の各「再雇用」の前にそれぞれ「スキルドパートナーとしての」を付加し,33頁6行目冒頭から10行目末尾までを削除する。
(3) 原判決33頁11行目冒頭から35頁1行目末尾までを,次のとおり改める。
「4 争点(5)(雇用契約上の債務不履行または不法行為責任)について
(1) 被控訴人会社は,スキルドパートナーとしての再雇用選定手続を経た後,控訴人に対し,パートタイマーとしての再雇用の勤務条件を提示したが,その経過について,乙4,後掲各証拠及び弁論の全趣旨によれば,以下の事実が認められる。
ア(ア) 生技管理部D,Eらは,平成25年2月25日,控訴人と面談し,高年法の改正に伴う60歳以降の就労について説明した上,控訴人が再雇用の基準に達していないことを前提として,控訴人に対して,「『定年後再雇用パートタイマー』希望調査・面談シート」(以下「本件パート勤務帳票」という。甲11)を交付し,定年後再雇用になる場合の労働条件について,次のとおり説明した上,本件パート勤務帳票に氏名を記入して押印した上で3月4日までに提出する必要があること,職務とこの処遇に同意されない場合は再雇用されないことなどを伝えた。
雇用期間 1年間(更新はなし)
所属 生技管理部
主な業務内容 シュレッダー機ごみ袋交換及び清掃(シュレッダー作業は除く),再生紙管理,業務用車掃除,清掃(フロアー内窓際棚,ロッカー等),その他被控訴人会社や上司の指示する業務
勤務形態・時間 ハーフタイム勤務(1日当たり4時間),午前8時から正午まで
賃金等 時給:1000円(昇給なし),賞与:支給することがある
(イ) 上記の説明に対し,控訴人は,基準に達していないことについて,何が悪いなど,基準到達に向けた指導,育成を受けていないなどと言って,提示された処遇は受けられないと伝えた。
また,控訴人は,上記の条件提示について,「これは,追い出し部屋だよ。」「人間として,ありえない」「控訴人が隅っこの掃除やってたり,壁の拭き掃除やってて,見てて嬉しいかね。…これは,追い出し部屋だね。」などと述べたが,Aは,控訴人に対し,被控訴人会社が提示できる処遇・職務は説明したとおりであり,同意されない場合は,再雇用できなくなる旨を伝えた。
イ 被控訴人会社は,平成25年4月8日,控訴人に対し,本件パート勤務帳票が同年3月4日までに提出されず,同月5日,同月19日及び同年4月4日の3回にわたって,本件パート勤務帳票の提出を促したが,まだ提出がないこと,同月19日午後5時までに本件パート勤務帳票の提出がなければ,定年後の再雇用を希望しないものとみなすこと,を記載した通知文書(乙5)を交付した。
ウ 控訴人は,平成25年4月8日,被控訴人会社に対し,被控訴人会社が提示したパートタイマーとしての再雇用も定年退職も受け入れず,あくまでも5年間のスキルドパートナーとしての再雇用を求める旨の書面(乙23)を提出した。
同書面には,被控訴人会社が提示したパートタイマー勤務について,65歳までの再雇用が基本原則であること,スキルドパートナーとして再雇用される者と,パートタイマーとして再雇用される者との間には,期間にして1対5,受給額にして1対10にもなる落差があり,労働権を超えて,基本的人権ないし人格権の侵害ではないかなどと記載されていた。
エ 控訴人は,再雇用されることなく,平成25年○月○日付けで,60歳に達したことにより,被控訴人会社を定年退職した。
(2) 上記の事実経過を踏まえ,以下,被控訴人会社の対応が雇用契約上の債務不履行または不法行為に当たるか否かについて検討する。
ア 改正高年法は,継続雇用の対象者を労使協定の定める基準で限定できる仕組みが廃止される一方,従前から労使協定で同基準を定めていた事業者については当該仕組みを残すこととしたものであるが,老齢厚生年金の報酬比例部分の支給開始年齢が引き上げられることにより(老齢厚生年金の定額部分の支給開始年齢は先行して引上げが行われている。),60歳の定年後,再雇用されない男性の一部に無年金・無収入の期間が生じるおそれがあることから,この空白期間を埋めて無年金・無収入の期間の発生を防ぐために,老齢厚生年金の報酬比例部分の受給開始年齢に到達した以降の者に限定して,労使協定で定める基準を用いることができるとしたものと考えられる。
そうすると,事業者においては,労使協定で定めた基準を満たさないため61歳以降の継続雇用が認められない従業員についても,60歳から61歳までの1年間は,その全員に対して継続雇用の機会を適正に与えるべきであって,定年後の継続雇用としてどのような労働条件を提示するかについては一定の裁量があるとしても,提示した労働条件が,無年金・無収入の期間の発生を防ぐという趣旨に照らして到底容認できないような低額の給与水準であったり,社会通念に照らし当該労働者にとって到底受け入れ難いような職務内容を提示するなど実質的に継続雇用の機会を与えたとは認められない場合においては,当該事業者の対応は改正高年法の趣旨に明らかに反するものであるといわざるを得ない。
なお,被控訴人会社は,改正高年法の定める継続雇用制度を採用するに当たり,再雇用との文言を用いているが,その運用の適否を検討するに当たっては,上記の改正高年法の趣旨に従い,あくまで継続雇用の実質を有しているか否かという観点から考察すべきものである。
イ これを本件について見ると,被控訴人会社が控訴人に対して提示した給与水準は,控訴人がパートタイマーとして1年間再雇用されていた場合,賃金97万2000円(4時間×243日×時給1000円)の他に,賞与として年間29万9500円が支給されたと推測されることが認められるから(弁論の全趣旨),控訴人が主張する老齢厚生年金の報酬比例部分(148万7500円)の約85%の収入が得られることになる。
上記の給与等の支給見込額に照らせば,無年金・無収入の期間の発生を防ぐという趣旨に照らして到底容認できないような低額の給与水準であるということはできない。
ウ 次に,被控訴人会社の提示した業務内容について見ると,控訴人に対して提示された業務内容は,シュレッダー機ごみ袋交換及び清掃(シュレッダー作業は除く),再生紙管理,業務用車掃除,清掃(フロアー内窓際棚,ロッカー等)というものであるところ,当該業務の提示を受けた控訴人が「隅っこの掃除やってたり,壁の拭き掃除やってて,見てて嬉しいかね。…これは,追い出し部屋だね。」などと述べているように,事務職としての業務内容ではなく,単純労務職(地方公務員法57条参照)としての業務内容であることが明らかである。
上記の改正高年法の趣旨からすると,被控訴人会社は,控訴人に対し,その60歳以前の業務内容と異なった業務内容を示すことが許されることはいうまでもないが,両者が全く別個の職種に属するなど性質の異なったものである場合には,もはや継続雇用の実質を欠いており,むしろ通常解雇と新規採用の複合行為というほかないから,従前の職種全般について適格性を欠くなど通常解雇を相当とする事情がない限り,そのような業務内容を提示することは許されないと解すべきである。
そして,被控訴人会社が控訴人に提示した業務内容は,上記のとおり,控訴人のそれまでの職種に属するものとは全く異なった単純労務職としてのものであり,地方公務員法がそれに従事した者の労働者関係につき一般行政職に従事する者とは全く異なった取扱いをしていることからも明らかなように,全く別個の職種に属する性質のものであると認められる。
したがって,被控訴人会社の提示は,控訴人がいかなる事務職の業務についてもそれに耐えられないなど通常解雇に相当するような事情が認められない限り,改正高年法の趣旨に反する違法なものといわざるを得ない。
この点につき,被控訴人らは,控訴人が本件選定基準(職務遂行能力及び勤務態度)に満たず,同僚や上司との平穏なコミュニケーション能力を欠き,さらに,1日4時間勤務で雇用期間も1年間のみという勤務形態を前提とすると,控訴人については清掃等の業務以外の業務を提示することは困難であったなどと主張するが,上記選定基準に基づく評価は,控訴人の従前の職務上の地位を前提としてのものであって事務職全般についての控訴人の適格性を検討したものではないし,被控訴人会社において控訴人について解雇の手続を取った形跡はなく,勤務規律及び遵守事項に違反する行為があったとして,けん責処分にしたにとどまるのであって(甲31),控訴人の問題点が事務職全般についての適格性を欠くほどのものであるとは認識していなかったと考えられる。しかも,被控訴人会社は,我が国有数の巨大企業であって事務職としての業務には多種多様なものがあると考えられるにもかかわらず,従前の業務を継続することや他の事務作業等を行うことなど,清掃業務等以外に提示できる事務職としての業務があるか否かについて十分な検討を行ったとは認め難い。これらのことからすると,控訴人に対し清掃業務等の単純労働を提示したことは,あえて屈辱感を覚えるような業務を提示して,控訴人が定年退職せざるを得ないように仕向けたものとの疑いさえ生ずるところである。
したがって,控訴人の従前の行状に被控訴人らが指摘するような問題点があることを考慮しても,被控訴人会社の提示した業務内容は,社会通念に照らし労働者にとって到底受け入れ難いようなものであり,実質的に継続雇用の機会を与えたとは認められないのであって,改正高年法の趣旨に明らかに反する違法なものであり,被控訴人会社の上記一連の対応は雇用契約上の債務不履行に当たるとともに不法行為とも評価できる。
エ 以上によれば,被控訴人会社は,控訴人に対し,上記違法な対応により控訴人が被った損害について債務不履行責任及び不法行為責任を負うというべきである。
5 争点(6)(被控訴人会社の雇用契約上の債務不履行または不法行為による控訴人の損害額)について
控訴人は,被控訴人会社の上記違法行為により,精神的苦痛を受けたほか,60歳から61歳までパートタイマーとして継続雇用する機会を奪われたと認められる。上記のとおり,控訴人がパートタイマーとして1年間再雇用されていた場合,賃金97万2000円の他に賞与として年間29万9500円が支給され,合計127万1500円を得ることができたと認められるところ,控訴人は逸失利益の賠償を求めておらず慰謝料の支払を求めており,本件事案の内容からすると,債務不履行に基づいて慰謝料の支払を求めるのは困難であるが,不法行為に基づく慰謝料請求については,控訴人が上記賃金等の給付見込額と同額の損害賠償金を得ることができれば,その精神的苦痛も慰謝されるものと認められる。
よって,控訴人の被控訴人会社に対する請求は,不法行為に基づいて127万1500円及びこれに対する不法行為の後の日である平成25年○月○日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があり,その余の請求は棄却すべきである。」
(4) 原判決35頁2行目の「5 争点(7)」を「6 争点(7)」と改め,35頁18行目末尾で改行して,次のとおり付加する。
「 なお,既に述べたとおり,被控訴人会社の担当者が控訴人に対してパートタイマーとしての清掃業務等を提示したことは違法行為に当たるというべきであるが,この違法行為が被控訴人Y2の任務懈怠によるものでありそれについて悪意,重過失があると認めることはできないから,被控訴人Y2が会社法429条1項の責任を負うものとは認められない。」
2 結論
以上によれば,控訴人の被控訴人会社に対する請求は,127万1500円及びこれに対する不法行為の後の日である平成25年○月○日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があるから,これと異なる原判決を変更することとし,控訴人の被控訴人Y2に対する控訴は理由がないから棄却することとして,主文のとおり判決する。
名古屋高等裁判所民事第4部
裁判長裁判官  藤山雅行
裁判官  前田郁勝
裁判官  丹下将克